令和5年度化学物質規制対策「大学・公的研究機関と連携した化学物質管理高度化推進事業(消費者製品に含まれる化学物質の経皮曝露を含めた包括的リスク評価スキームの構築)」調査報告書
報告書概要
この報告は、消費者製品に含まれる化学物質の経皮曝露を含めた包括的リスク評価スキームの構築について書かれた報告書である。
研究背景として、リン系難燃剤は室内製品に高濃度で含有し、部材から容易に拡散・放散することが知られている。従来のリスク評価では経気曝露と経口曝露が主要経路とされていたが、近年、分子量400程度以下の両親媒性化学物質では皮膚透過による血液移行が報告されており、特にヒトと長時間接触する自動車シートなどの製品からの経皮曝露を考慮する必要性が指摘されている。しかし、従来の経皮曝露量推算スキームは実情を反映していない実験系で得られたパラメータを使用しており、製品との短時間接触における皮膚蓄積の影響が考慮されていないため、経皮曝露量の過小評価の可能性が存在している。
本研究では、自動車シートを対象とした包括的リスク評価スキーム構築を目的として、4つの主要な研究を実施した。第1に人工皮膚EpiSkinを用いたリン系難燃剤の皮膚透過試験であり、分析用標準試薬溶液だけでなく実際の自動車シートを人工皮膚に直接接触させることで製品からの経皮曝露量を実測定量した。第2にフィックの拡散方程式と槽列モデルを基にしたシミュレーションモデルを構築し、短時間接触による皮膚中濃度分布や製品から離れた際の継続的経皮曝露を考慮した。第3に分子記述子を用いた定量的構造物性相関(QSPR)を構築し、実験データのない難燃剤の皮膚透過速度予測を可能にした。第4に自動車シート含有難燃剤の尿中代謝物濃度測定によるフィールドテストを実施し、乗車時間などの影響を考察した。
研究結果として、複数の自動車シートからリン系難燃剤を検出し、人工皮膚を用いた皮膚透過試験により製品からの直接的経皮曝露量を定量化した。シミュレーションモデルでは衣服着用により経皮曝露量が大幅に減少することを確認し、機械学習を用いた予測手法の有効性を実証した。また、尿中代謝物測定の分析法を確立し、実際のヒト試料での検証を行った結果、自動車乗車時間の長い被験者において特定のリン系難燃剤代謝物濃度が高い傾向を確認した。さらに、欧米規制当局での経皮曝露評価の現状調査により、依然として評価手法に課題が残されていることを明らかにし、リン系難燃剤の皮膚代謝に関する新たな知見を得た。これらの成果は製品からの化学物質経皮曝露の正確な評価と、より現実的なリスク評価スキーム構築に向けた重要な基礎データを提供するものである。